【井戸端会議】


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【掲示板に投稿される迷惑書き込みの対処方法をまとめました。】
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[27] 一見土木労務者風。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年02月19日 21:26:11  No.27001 [返信]
新聞記事の片隅に・・・一見土木労務者風の男・・・よくありますね。悪い事をする奴は・・・政治家・役人・銀行員・教師や医者にだっているのに、どうして何時も土木労務者風の男・・・なんでしょうか?。
土木の仕事は、例えば、あの仁徳天皇の古墳だって、俺たちの祖先が作ったのに・・・。
盛土を搗き固め、巨石を組み上げて石棺を安置する玄室を造り、玄室までの羨道(せんどう)を造り、更に盛土を搗き固め、前方後円を形作り、表面は石でびっしりと葺きあげる。社会の基盤を作る大事な仕事だと誇りを持っているのですが・・・。
江戸時代の刑罰に・・・磔獄門・打ち首・遠島・・・・・などに続いて・・・寄場送り・・・と云うのがあって・・・あの鬼平こと長谷川平蔵の発案とかで・・・今で云う強制労働・・・どうも寄場人足と正業である土方人足を世間一般の皆さんのみならず新聞記者なども混同している節がありますね。実に遺憾であります。
白兎が過去30年間付き合ってきた土木労務者には悪い奴は一人もおりませんでした。
なんだか愚痴っぽくなってしまいましたね。



[25] 歌碑。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月21日 14:37:01  No.25001 [返信]
静岡市葵区内牧 結成寺
 川田 順  狩野介の菩提寺の山蟲鳴きて首山堡に死にし兵の墓あり



[24] 海道に古き湊の荒祭り  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月17日 21:34:49  No.24001 [HOME] [返信]
"焼津神社は、日本武尊が賊に火攻めを受けたとき、草薙の剣を振るってこれを破った場所として『記紀』にも見えます。ここの「荒祭り」は名前の通り勇壮な神輿渡御で有名です。"
秋山白兎



[23] 山本素竹選。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月15日 15:29:16  No.23001 [返信]
人を待つ片とき愉し夕ざくら  秋山白兎 
 誰を待つかによって読者の楽しみ方がかなり変ってくるのですが、それは置いといて。
 花とは関係のない待ち合わせのようです。その場所にたまたま夕桜。本来なら人を待ったりするのは好みませんが、今日はできるだけ遅れてきてもらいたいくらい…。人を待つという揺れる心を通して、夕桜が美しく描かれています。
 片とき…と軽く、楽し…と言わず愉し、そして夕桜でなく…夕ざくら…。気持の行き届いた句です。ベテランと思いますが、いやみのない叙しぶりに好感が持てます。ステキな女性が目に浮かびます。 



[21] 岩岡中正選。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月15日 08:56:41  No.21001 [返信]
風鈴に触るゝは誰が魂魄ぞ  秋山白兎 
 風鈴にかすかな風が来てふれたという、きわめて繊細な情景なのだが、表現は、その思いの丈(たけ)を一気に吐露して力強いものがある。「誰が魂魄ぞ」に切々たる思いがこもっていて、作者の脳裏には誰か具体的に忘れ得ぬ故人や遠方の人がいるにちがいない。その思いの丈は、風鈴「に」と軽く抑えて、「触るゝは」と静かに展開して、「誰が魂魄ぞ」と高らかに宣言する、一句のドラマティックなしらべにも十分現われている。思いが深ければ、しらべもおのずと、これに沿うものなのである。
 この句の楽しさは、従来の「風鈴」の季題一般の趣きを、さらに拡大した点にある。つまり、これまで「風鈴」といえば軒端に吊って季節感を楽しむところに情趣の中心があったが、この句では、風鈴の風を通して思う人の魂が伝わるという、一種のコミュニケーションとしての風鈴の情が詠まれている。
 季題の幅を広く広く試みることがいま必要であり、これこそが写生の本義である。それにしても、この句の「触るゝは誰が魂魄ぞ」と言い放つ元気と若々しさを、心からうらやましいと思う。
 



[20] 義理が廃ればこの世は闇だ。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月14日 15:10:34  No.20001 [返信]
畳にして2畳敷きほどながら書斎のある土方・秋山白兎は口数の多い男として夙に有名です。
今日は現場でバレンタインデーの義理チョコについて熱弁をふるいました。
義理チョコ・・・・・義理と褌は欠かせぬもの・・・・・とよく云うが、義理はともかくとして、何で褌なのか・・・皆さんは疑問を感じたことがありますか?。
江戸時代・・・文政期の幕府の公文書の中に、「病死行倒れ異変の時、下帯無之候もの取扱、差別伺ひに御付札」とあって、つまり、フンドシをしないままで死んだ場合は、人間として扱わず、禽獣として葬る、という意味。
昔、東海道筋の雲助たちの六尺褌に対して、どこの質屋でも、一両の四分の一に当る1分を貸したという。六尺の晒布は当時の値段で百文。百文の晒布に質屋はなぜ、その十倍にあたる金を貸したか。雲助といえども、己の陽物を一度でも包んだ晒布は「聖」なるものであり、必ず褌を請け出すことを質屋の親爺は知っていたからです。
蛇足ながら褌のことを「屁漉し」とも云うそうです。




Re:義理が廃ればこの世は闇だ。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2010年01月15日 11:08:21  No.20002
井上ひさし『新東海道五十三次』(文春文庫、一九七九年)に、ふんどし(褌)の話がある。文政期の幕府の公文書に「土ならびに町人百姓、病死行倒れ異変の時、下帯無之候もの取扱、差別伺ひに御付札」とあるそうである。井上氏は言う。

 つまり、褌をしないままで死んだ場合は、人間として扱わず、禽獣として葬る、というのだ。……〔略〕……禽獣として葬るとは、下着を剥ぎ取り、手足を縛り、その間に棒を渡して墓穴へ担いで行くということである。これは心中者などにも用いられた方法で、男は褌を抜き取られることになっている。べつにいえば、褌もせずに旅に出るようなやつは人間じゃない、禽獣だ、だから禽獣なみに葬ってよい、という理屈である。



[15] 初めての作詞。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2009年12月04日 21:10:18  No.15001 [HOME] [返信]

【未練ごころ】  作詞・嶺はるか

(1) 酒場通りで      空似の女(ひと)と
    遇ったばかりに    切ない思い
    未練ごころに     躓(つまず)き乱れ
    呷(あお)るお酒が  ほろ苦い

(2) 酔えば別れた     あの娘(こ)のことを
    やけに恋しく     思えてならぬ
    忘れるために     飲んでる酒が
    男ごころに      沁みとおる

(3) 過ぎた昔を      悔やんでみても
    切れた縁(えにし)は 戻りはしない
    未練ごころは     さらりと捨てて
    明日につなげる    夢を見ろ  


事務所の窓から遠くの嶺がみえるので作詞名を【嶺はるか】にしました。



Re:初めての作詞。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2009年12月05日 10:56:53  No.15002 [HOME]

【みれん酒】  作詞・嶺はるか

(1) 酒場通りで      空似の女(ひと)と
    遇ったばかりに    切ない思い
    未練ごころに     躓(つまず)き乱れ
    独り飲むお酒     やるせない

(2) 酔えば別れた     あの娘(こ)のことを
    やけに恋しく     思えてならぬ
    忘れるために     飲んでる酒が
    男ごころを      また責める

(3) 過ぎた昔を      悔やんでみても
    切れた縁(えにし)は 戻りはしない
    未練ごころは     さらりと捨てて
    いのちかぎりの    酒を飲む  



[14] 愛着。  投稿者:秋山白兎  投稿日:2009年11月17日 16:52:28  No.14001 [HOME] [返信]
このナスカの掲示板は私が借りた二つ目の板でけっこう古いんです。
ここを舞台にいろいろな事件がありました。
いっそのこと閉鎖してしまえばいいのかもしれませんが、たまには書き込みしてくれる人もおいでになりますので、そのままにしておこうと思います。



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