|
男鹿〜能代間に鉄道敷設計画があったことは知っていましたが、詳細な資料がなく、その全容は謎でした。 たまたま国立公文書館の資料を閲覧する機会があり、その中に男能鉄道に関する資料がありました。昭和11年に免許申請しながら、あえなく却下されていましたので、具体的な部分はほとんど定まっていなかったのだろうと思っていましたが、実はかなり計画が固まっていたことがうかがい知ることができました。概要は次のとおりです。
本社:南秋田郡脇本村(現:男鹿市) 資本金:80万円(当時の額) 途中駅:8駅 軌間:3尺6寸(1,067mm) 動力:蒸気
満を持して国に申請したのでしょうが、国の返答は「殆ど全区間に亘り並行したる乗合自動車の施設ありて目下の交通状態に於いては急設の要なきものとす」というものでした。
敷設予定地は、八郎潟東岸に比べて昔も今も人口希薄地であり、仮に申請が認められて鉄道が開業していたとしても、短命に終わったのは容易に想像できます。
|